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日記/2009火縄銃 | 09.07.18 (土)

日記 2009-07-16,17

アゲハチョウ?

蝶はすぐ逃げる。近寄らせてくれない。泣くぞコラ。 これは 5m 離れた位置から7倍ズームで撮ってトリミングした写真。

レゴカメラ

> livedoor ニュース - 【東京おもちゃショー2009】LEGOとコラボしたデジタルガジェットが勢ぞろい!
http://news.livedoor.com/article/detail/4255605/

予価 12,800 円だとさ。はい(購入検討対象から)消えたー。1万あったら数年前の名機の中古を買うわ。

火縄銃と弓

築城の本を読んでいるのだけど、戦国後期になって堀の幅が広がったのは鉄砲が登場したから……という記述があった。弓の有効射程距離は 30m くらい(熟練者は除く)だが、鉄砲は熟練者じゃなくても有効射程距離 60m くらいだから……と。微妙に火縄銃を過大評価、弓を過小評価しているような気がしたので、ちょっと調べてみた。

が、これが難しい。

まず、有効射程距離の定義がまちまち。

人の頭程度の目標物に安定して当てられる距離というだけなら、 足軽の用いたいちばん普及していたタイプの鉄砲でも五十間(約 90 m)くらいあったらしい。 (追記:その後、いろいろ調べると五十間の距離で的に命中させることができた明智光秀が名人・神技と賞されるほどだから、安定して当てられる距離とするのは誇張だろう) が、鎧を貫通できる距離となると、これが難しい。鉄砲対策のされてない鎌倉・室町時代の大鎧と鉄砲対策のされた当世具足では防御力が違うわけだし。 (江戸時代の試し撃ちとして、十間の距離から撃たれて鉄板が貫通した当世具足があった。鉄板を使用していても当世具足が鉄砲を防げたというわけではないようだ)

なにより、この時代の銃は超アナログ。玉と火薬と雷管が一体化されてる現代の銃と違って、火薬の量を調節できるから、砲身が壊れない限り火薬をうんと使えば、それだけ飛距離も威力も上がる(のかな?早込というユニット化された火薬もあるにはあったけど)

ネットで調べると有効射程 200 mとするページもあったりして。 初期のライフルなみだよ。ジャイロ効果が発見されてない当時じゃ、さすがに無理じゃないかと思う。 砲身をやたら長くした狙撃用の火縄銃も存在したとはいえ。

また、信長の時代と関ヶ原の頃でもだいぶ性能差はあったと思うしね。

こういうとき、頼りにしたいのが当時の文献……ていうか、信長公記。

> 本文:ほっと一息 信長公記19-22
http://www.alliance-souyaku.co.jp/AllianceKK/Hot-hitoiki-data19-22.htm

> 左候処、杉谷善住坊と申す者、佐々木左京大夫承禎に憑まれ、千草山中道筋に鉄砲を相構へ、情なく十二・三間隔て信長公を差付、二つ玉にて打ち申候。されども天道照覧にて御身に少づゝ打ちかすり、鰐口御入洛遁れ候て、目出度五月廿一日濃州、岐阜御帰陣。
> (京よりの岐路を浅井備前が塞いだため千草峠越えをとった処、佐々木承禎に頼まれた鉄砲の名手杉谷善住坊が途中の山中で約20Mの距離から2連発銃にて信長を狙撃した。幸いにもかすり傷を負っただけで岐阜へ帰着した。)

鉄砲の名人と呼ばれる人が20 メートルの距離から2発撃って、狙撃に失敗しているわけですよ。

狙撃っていうのは相手に見つかず逃走も容易になるよう、できるだけ遠くからやりたいもの。 当時の名人の考える、相手を高確率で仕留めるのに必要なギリギリの距離が十二~十三間( 21.6m ~23.4m )だったと考えていいんじゃないですかね。

どうしてもね。日本の技術力は世界一ィィィィ!と思いたいところはあって昔の技術を過大評価してしまいがちだけど、やはり当時の火縄銃は、その程度のものだったと見なすべきなんでしょう。

一方、弓はどうか。

和弓 - Wikipedia»歴史によれば、> 弓胎弓(ひごゆみ)[江戸初期:17世紀頃~ ] 現在に伝わる伝統的な弓がここで出来上がるということなので、 あんまり意識されることは少ないけど弓だって戦国期に大幅に改良されて性能が上がったのだ。

で、その有効射程距離はどうか。カーボングラスファイバー登場以前の近代までの弓で最高とされるトルコ弓の有効射程距離は 300m ~ 400m にも及んだ(by 『武器』 マール社)というけれども、和弓はどのくらいだったのか。

有名な三十三間堂の通し矢 - Wikipediaを参考にしてみる。

単純に 33 × 1.8m = 約 60m と考えてはいけない。 現在は毎年1月中旬に京都三十三間堂で「大的全国大会」が開催されているが、距離60mの遠的競技の形式であり、通し矢とは似て非なる物である。 であって、本来の通し矢の距離は

  • 京都蓮華王院(三十三間堂)…全長(小口から小口まで)121.7m
  • 江戸三十三間堂(深川)…全長(同)122.0m
  • 東大寺大仏殿西回廊…全長(同)106.8m

と、基本的に 100m を越えている。通し矢は後に記録を伸ばすために軽い矢を用いるようになったため殺傷可能な距離の参考にはならない。 しかし、天井に当たってはならないという制約があったため、それを抜きにし考えれば和弓の実際の到達可能な飛距離はもっと伸びるんじゃなかろうか(命中精度は抜きにして)。

ただし熟練者に限る、と。

話が長くなっちゃったな。

ようするに、日本の城の堀の幅が広くなったのは、鉄砲の出現が大きな理由であるのは間違いないけれども、弓の性能向上によるところも大きいし、初期の火縄銃は意外と有効射程距離が短いよ、という話。

打ち合わせ

8ページの読みきり枠が空いててコンペという形になるんですが、 なにか出してみませんかと言われた。やるやる。コンペかー。落ちれば無駄骨だけどもね。 与えられたチャンスには全力で。

しかし、私は打ち合わせの最中にアイデアを出すということができないんですよね。

打ち合わせ中に 15 分から 30 分、押し黙って瞑想していいっていうなら……いやだめだ、対面に人がいる状態では沈黙に耐えられない。

「あいつは打ち合わせ中にアイデアを出したことが一度も無いが、まさか盗作してんじゃァねえだろうな?」
などと疑われてないだろうか。心配だ。

三連休はネーム三昧ですな。

> ゲームを作成して共有するサイト - Rmake

http://rmake.jp/

> ブラウザ上でゲームを作成して共有できるサービス「Rmake」を開始した - 平凡なエンジニアの独り言
http://d.hatena.ne.jp/akasata/20090717/1247818184

まだアクションRPGしか作れないみたいだけど、 サンプルを遊んだかぎりでは、なかなか悪くないと思った。

あとでアカウントつくる。 作ったゲームをサイトに貼れる機能の公開が待ち遠しいですな。


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