このブログは移転しました。→http://www.masuseki.com/wp/ 300 秒後に移動します

日記/2010岩殿城見てきた | 10.05.16 (日)

岩殿城に登った!二度も!もう、からだ、バッキバキやで

中央線に乗って信州方面のお城を攻めてると、大月駅を通過するとき剥き出しになった大きな岩盤と、 「岩殿城址」 という文字が目に入ってくるわけです。

 岩殿山

岩殿城(または岩殿山城)……小山田氏の居城。落ち延びてきた武田勝頼を城主・小山田信茂が裏切り、進退窮まった勝頼は天目山で自刃したことで有名な城ですな。

しかし江戸時代初期に廃城となって、遺構もほとんど無いに等しいので、 現在、お城としての魅力は乏しいようです。 むしろ岩殿山が日本百名山に選ばれてるので、ハイキングコースとして有名。

遺構はあんまりなくても「でかい岩の上に作ってしまった、たしかに要害かもしらんが、不便すぎるだろもうすこし考えれ」な城として、すごく興味が湧いたので、取材にいってしまいました。

マンガのネタにするには、ちょっと知名度が足りなくてすぐに使える城ではないのですが。

 白い花  岩殿山 中腹より富士山を望む

花も富士山も綺麗。なるほど。百名山。

 岩殿山城入り口

遺構ではなさそうだけど、冠木門がシブい。

 岩殿山城登山道

一年でもっとも花が咲く季節、五月。山藤、ツツジ、その他もろもろ。

 岩殿山城  岩殿山城 円山公園

丸山公園ふれあいの館。お城風の建物ではあるけど、遺構じゃない。 ここから先、トイレも水飲み場も無い。

 岩殿山城登山道

いろは坂か?

 野の花

花の名前は知らない。

 岩殿山城の岩肌

下から見上げたら一枚の大きなつるっとした鏡岩だと思っていたのだけど、 近づいてみたら無数の小石が凝固した礫岩だった。

 岩殿山城 揚城戸

 岩殿山城 揚城戸

揚城戸。私のへっぽこな写真じゃ伝わらないけど、すごい迫力だった。 建物なんか残ってなくても、これ一つで来たかいがあったと思わせる虎口。

当時の雑兵じゃなくて良かった。ムリムリムリムリ、こんな虎口ぜったい入れない入りたくない。

 岩殿山城 山頂

山頂。碑はあるけれど、建物などは何も無い。
「ここが兵舎の跡です」
的な案内板があるくらい。

間違いの始まり

 岩殿山城 案内板

これを見て、本丸よりも大手門の方が近いのかーと勘違いして(実際は山を丸々、降りるくらい遠い)、そっちを見てから戻って本丸跡を見よう……と思ってしまったんですよね。これが間違いの始まりだった……。

揚城戸を降りて三叉路まで戻って、大手門方面へ。

 岩殿山城 稚児落とし方面の道

あれ……いきなり、道の趣が……手すりもない、階段もない。ただ、木が刈ってある程度の……

 岩殿山城 クマ出没注意看板

ただの「熊出没注意」じゃなくて
「この附近に」
という修飾語がつくことで嫌さと恐ろしさが倍増。

 岩殿山城 登攀用の鎖

なんかすごいの来ちゃった!なんだ?この先に投げ入れ堂でもあるのか?

 岩殿山城 登攀用の鎖

日頃、運動してないデブ漫画家に登らすな(←自分が悪い)

 岩殿山城 登攀用の鎖

鎖だけじゃ大変でしょう、という配慮が泣ける。

 岩殿山城 稚児落とし方面の岩壁

視界が開けて、そよ風を全身に受けると、なにものにも代えがたい達成感がある。それはまぁ、たしかに。

ちなみに、私の高所にたいする恐怖は、まぁ、それなりにはあります。さすがに絶壁に立つとぞわぞわしますです。

でもまぁ、足場がしっかりしてるかどうかとか、風が強いかどうかが重要かな。ただ高いだけで怖いってことはないです。風の強い日の吊り橋なんかは、高さがそんなになくてもかなり怖い。

 岩殿山城 稚児落とし方面からの眺め

あれに見ゆるは岩殿山。引き返せないところまで来てしまった。 おまけに、どこが大手門だったのかわからなかった。

へつり

 岩殿山城 稚児落とし方面のへつり

来た。出た。

綿密な下調べはしなかったけど、いちおう簡単な検索はしてたので、こういう場所があるのは知っていた。いわゆるへつり。トラバース。

狭いけど、てすりがあるのでなんとか渡れるだろうとは思っていた。でも、へつりを渡ったあと鎖場がセットになってるとは思ってなかった。

muri.jpg

ここまでにあった鎖場は落ちても地面があったので、打ち所が悪くないかぎり死ぬことはないと思えたけど、ここはそうじゃない。滑落したら、確実に死ぬ。

さいわい、林間を通っていく迂回ルートもあるっぽかったので、大事をとってそっちで行くことにした。

iwadono.gif

でも、せっかくなので、へつりの先までは行った。

 岩殿山城 稚児落とし方面の登山道

林間ルートだって、かなりの急斜面だったんですが。でも、雑木林だから足を滑らしてもどこかで止まるだろうという安心感はあった。

ちなみに、緊張してカメラの設定を VGA から高解像度に戻すのを忘れてしまった(へつりを渡る様子をインターバル撮影するのに、VGA にしていた)

 岩殿山城 兜岩からの眺め

兜岩到着。そろそろ、岩殿山どころか大月駅からもだいぶ離れつつあるのを自覚し、 ちょっと涙目タイムってた。

 岩殿山城 稚児落とし方面岩壁

迂回しなかったらここを登るハメになってたらしい。ぎょへー。そりゃ、登ったら楽しかっただろう、けどさあ……

 岩殿山城 登山道 倒木

かっこいい倒木。でも、このときの私が欲しかったのは、ベンチと水飲み場。

 岩殿山城 案内板

案内板、ひしゃげてるし。

稚児落し

 岩殿山城 稚児落とし

小山田信茂が織田の軍勢から逃げる際、赤ん坊が泣くので敵に場所を悟られないようここから投げ捨てたとかなんとか。

でも、織田の武田征伐では先述のとおり小山田は武田を裏切って織田につい恭順したので、 そのような逃走劇があったのかどうか……とか思ってしまうのだけど。 よくわからない。

 岩殿山城 稚児落とし 枯木

すごいかっこいい樹。VGA で撮ってることに気がつかなかったのが悔やまれる。

岩殿山城 稚児落とし方面岩壁

「な……なんだ、この壁は !! みんな逆層だあ~~~~ !!」

 岩殿山城 稚児落とし

やっと VGA で撮ってしまってたことに気がついた。

 岩殿山城 稚児落とし

こんな、980 円のズック靴で来るべき山じゃなかった。
「山をなめてるのか!歯をくいしばれー!」
と説教されても仕方が無いレベル。

ちなみに朝、出発するときに、
「山だからサンダルはやめよう」
と思って、この靴にした。

稚児落しの上でぐるっと回って 360 ℃パノラマ写真が撮りたかったのだけど、 本気で危ないと理性が働いて、断念して早々に絶壁の上から退避した。

ちゃんとしたトレッキングシューズで、体力もあり、山登りの経験ももう少しあったならね。

 岩殿山城 稚児落とし方面 登山道 樹木

絶壁に生えてる樹木は、どれも問答無用でかっこいい。

 岩殿山城 ふもと 浅利集落

下山。浅利の集落。

 岩殿山城 ふもと 野菊

野菊。青い空、緑の丘。OSのデフォルト壁紙っぽい。ダサさはチカラ。

 岩殿山城 ふもと 浅利集落 つり橋

帰宅して調べたら、この吊り橋を抜ければ大月駅へ早く戻れたらしい。 民家用のつり橋だと思って、渡らなかった。

 花

青い花。えーと、あやめ?調べるのめんどい。あやめってことにしとこう。

 言ったもん勝ち

言い切っていいのか?他人事ながら心配だ。まぁ、先に言ったもん勝ちか。

で、本丸跡を見てないわけですが

どうしたもんかな~と。

首都圏近郊普通列車一日乗り放題のホリデーパスで来てるので、 もう一つくらい別の城を回らないと、あんまりお得じゃない。

もう一度、登るのはしんどい。しんどすぎる。

山頂の馬屋跡なんかの感じから、本丸跡も立て札があるだけで建物が残ってるわけじゃない…というのは想像ついた。

でも、本丸跡を見ないで城を見たって言えるの? このまま帰ったら、ただのハイキングじゃないか……と意地になって、重い体をひきずって、もう一度のぼった。

そして本丸跡にあったもの

 岩殿山城 本丸跡 説明版

やっぱ立て札だけで、歴史的な遺構は無かったのですが、空き地というわけでもなかったのです。

 岩殿山城 本丸跡 岩殿無線中継所  岩殿山城 本丸跡 岩殿無線中継所  岩殿山城 本丸跡 岩殿無線中継所  岩殿山城 本丸跡 岩殿無線中継所  岩殿山城 本丸跡 岩殿無線中継所

無線中継所の施設があったのでした。かっくいー。

岩殿城は、戦国の往時も烽火《のろし》連絡網の拠点だったそうです。

大坂城など、かつての城郭のほとんどが軍事施設としての務めを終え、 博物館などとして目的外使用されてているというのに、 岩殿城は戦国のときと同じ目的、すなわち情報の中継基地として現代でも使われている。 これはなかなかすごいことだなぁ……と思いました。

江戸時代には廃城とされたとはいえ。これはこれで、なかなか幸せな城なのかもしれない。

遺構は少なかったけれども

 岩殿山城 山頂 空掘

これは本丸東側に残る帯郭と本丸を区切る空掘。こんな数メートルの空掘や堀切であっても、 疲れた体には辛いのだと痛感しました。

歴史的な遺構は少なかったけれども、山城を攻めるのがいかに大変かを身をもって知ることの出来るお城でした>岩殿城。ぜひ、二回登ることをオススメします(ぇー)

 岩殿山城 七社権現洞窟

七社権現洞窟。修験道の霊山としての岩殿山の本尊。 二回登らないかぎり、こっちの下山ルートにはこなかっただろうから、 けっきょくこれでよかったのかもしれない。

……と、筋肉痛で悲鳴を上げながら記して終わりとします。


コメント

この記事はコメントおよびトラックバックの受け付けを終了しました。

Powerd by rNote 0.9.7.5 / Copyright : 桝田道也(MASUDA mitiya) 1997- all right reserved.