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日記/2011行ってみたいな、よその郷里《くに》 | 11.06.06 (月)

日記:2011-06-05

通天橋

小石川後楽園の通天橋。京都・東山東福寺の通天橋をパクった模したもの。 ちなみにこの橋が架かる通称「音羽の滝」は京都・清水寺の「音羽の滝」に倣ったもの。こんなんばっかし>小石川後楽園。


なんとか 6/5 までに『どっから見ても波瀾万城』を公開しようとドライアイや腰痛に悩まされつつ延々と作業はしてたのですが、終わらず。

6/6 中にはなんとか……


一度は、戊辰後の会津藩士が移封された斗南(現・むつ市)に行ってみたいと思ってる。

むつ市まで行って柴五郎宅や斗南ヶ丘周辺の史跡を見るだけなら、18 きっぷで行けるしそんなに難しくないのだけど、せっかくだからついでに恐山に行きたいとか、 本州最北端の大間岬が見たいとか、大間町にあるらしい個人でやってる会津・斗南藩の歴史資料館も見たいとか、尻屋岬も見たい…となると、免許を持たない自分には辛い。

バスはあるけど片道 60 分とか 100 分とか、本数が少ないとか、冬は運行してないらしいとかいろいろ。

そもそも移住させられた会津藩士の開拓地はどれくらい広がってたのか。 大間岬、尻屋岬あたりまで及んでいたのかどうか。

ああいう、猛烈な海風にさらされる北の岬のあたりと、 (恐山連峰が北風を防いでくれる)むつ市中心部のあたりでは、 生存難易度も違うだろうし。中級武士(現代で言えば部長~課長クラスか?)の柴家が むつ市の中心からあまり離れてないところにあるのを考えると、大間岬、尻屋岬あたりに藩士が住んだかどうかは微妙かと思う。最底辺の下級武士とかなら住んだのかなあ? 領地として見回ることはあっただろうけど。

厳しい環境に移住させられた会津藩士の気持ちを体感してみたいとは思うけど、 実際は住んでない場所を、
「こんな過酷な場所に住んだのかー」
なんて、先入観で勘違いしたくはないよね、という話。


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twitter.com/mitimasu から転載

Sun, Jun 05
  • 06:45  ♪ほんとにほんとにほんとにほんとゴライオンだ~ 近すぎちゃって Go! Go! かわいくって ゴーラーイーオン~
  • 15:44  サマーソルトって somersault なんだ。夏の塩じゃないんだ。
  • 15:58  私がどれくらい英語が苦手かというと、いま、「えー…?ち…、ち.んちん熱ぃー???」と思った単語が、シンシナティ (Cincinnati) だったことから推し量っていただきたい。
  • 17:01  @hmasuda 見逃してた。なにごと?  [in reply to hmasuda]
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Vesak Day in 3D | LostAruban

http://www.lostaruban.com/photoproject/vesak-day-in-3d/

さすが 3D 写真だ。宙に浮いて見える……って、ぉぉぉいいいい!

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