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興味・関心/読書私的に名言・まとめ3 | 09.06.26 (金)

個人的に名言だと感じたもののまとめ・3

ウェブを徘徊して琴線に触れた言葉を勝手に名言認定。された方には迷惑かもしれないが気にせずに。

以前のはこちら↓

情報はいずれ流出する。どんなに守っても、漏洩しないかどうかは確率的な事象であり、あらゆる情報が流出する可能性はいくらかずつ存在している

  • 高木浩光
  • 高木浩光@自宅の日記 - Amazonはやっぱり怖い そろそろ使うのをやめようと思う, Amazonは注文履歴の消去を拒否、アカウント閉鎖後もデータは残る
  • http://takagi-hiromitsu.jp/diary/20080312.html#p02

疑問を止めたら技術者はそこで終わり

> 恩師に「疑問を止めたら技術者は終わり」と言われたのを心に刻んでます。

> その時の会話
> 私「Aという技術に興味があります」
> 恩「AにはBという問題がある」
> 私「なるほど。だから普及していないのですね」
> 恩「BにはCという解決策がある」
> 私「なるほど、ということは取り組む価値有りですね」
> 恩「CにはDという問題がある」
> 私「なるほど」
> 恩「自分で疑え。疑問を止めたら技術者はそこで終わりだ。」

> #何もかも疑って良し。(技術的に)

庶民の歴史は言葉に踊らされる

> 岩倉家から貴重な関係書の提供を受けるなどして史料を蓄積。丹念に検討する一方で、歴史学者とは違う物書きの方法を探した。
> 「なぜこのように書かれているのか。史料然とした言葉の裏の“ほんとう”を探りながら書く、言葉の皮を剥くとしか言えない方法をみつけるまでに時間がかかった」
(中略)
> 「庶民の歴史は言葉に踊らされる、そのくり返しだった。だから言葉の皮を剥いてみよう、と。それがこの本に託した私の遺言」

「何を見るか」ではなく、「見た物から何を得ることができるか」が真の教養

> 教養ある人間の鑑賞にも堪えるTV(バラエティー)番組は?という話の流れを受けてのコメント。

もう、きれいに描こうとするのはヤメにしたら?

> マンガ家にはなったものの、テレビ番組のコミカライズが中心で、オリジナルを描いても泣かず(※原文ママ)飛ばずだったのですが、『ゲームセンターあらし』の仕事をもらったとき、編集者から「もう、きれいに描こうとするのはヤメにしたら?」と言われました。

綺麗に描きたい、上手に描きたいという欲求はマンガ家なら誰でも持ってるものだろうけど、 その思いが強すぎて構図や細部に凝りすぎて絵としては良いんだけどマンガとしては……という失敗を犯しやすい。上手な絵より強い絵、効く絵でなくてはね。自戒を込めて。

もっとあからさまに言えば、上手に描いて誉められたい、俺だってこのくらいは描けるんだと証明したい……という、下品な自己顕示欲だよね。うまく使えば自己を高める原動力になるんだけど、両刃の剣だ。

「これが自分の小説だ!」と主張すれば、小説書きになれるのです

> 森先生は「日本語の小説は、日本語のわかる人なら誰でも書ける」と発言されています。ぼくも同じ意見です。出版しなければいけない、とか、それなりの分量を書いて起承転結がないといけない、という思い込みを捨てれば、小説はすぐ書けます。他人には認められないかもしれませんが、「これが自分の小説だ!」と主張すれば、小説書きになれるのです。

小説に限らず色々と応用が利きそうだ。

ユーザビリティってのはその一瞬でプレイヤー様にいかに心地よくやられていただけるかを意味するのだ!

> Web2.0がなんぼのもんじゃーい!やつらはフォームのクリアボタンを置くか置かないかとかいうしょーもないことを「ユーザビリティ」とか大仰なこといってぐずぐすやってるが、こっちは1フレ(1/60秒)でやるかやられるかの世界、ユーザビリティってのはその一瞬でプレイヤー様にいかに心地よくやられていただけるかを意味するのだ!プレイヤーとアルゴリズムのガチ勝負を楽しみたいみんなはゲーム製作をするしかないね!

感動した。そうだ。いつまでたってもゲームを卒業できないのは、 過去に体験した“やられ”の心地よさが忘れられないからだ。

この「事件」を楽しまなければ損だ

  • 吉田戦車
  • 象、山賊、サルまん - 吉田戦車 日記
  • 吉田戦車日記 2008年05月25日 18時25分21秒(※パーマリンク無し)

> ヤングサンデーの休刊ニュースに引き続き、というのもおかしいけど、「IKKI」に連載中だった「サルまん2.0」が、急な最終回。
軽く動揺しています。
(中略)
> 言葉は悪いかもしれないし、ある意味残酷なことを書いているかもしれないけど、この「事件」を楽しまなければ損だ、と思うのです。

> 転んだら、転んだことを楽しむがよい。

読んでいい本と読んじゃいけない本を分けてはいけない

  • 重松清
  • 特集:第54回青少年読書感想文全国コンクール 作家・重松清さん(その1) - 毎日jp(毎日新聞)
  • http://mainichi.jp/enta/art/news/20080628ddm010040161000c.html(※リンク切れ)

マンガの良さを知っているはずなのに、親になるとマンガはダメって言う。勝手だよな

  • 重松清
  • 特集:第54回青少年読書感想文全国コンクール 作家・重松清さん(その2) - 毎日jp(毎日新聞)
  • http://mainichi.jp/enta/art/news/20080628ddm010040161000c.html(※リンク切れ)

能力に合わせて仕事が来るから先生。 仕事にあわせて能力使うのが、月給貰ってる奴の仕事のあり方

衝撃度は低減しても、全体のクォリティは上がっている

このエントリはお笑いについての話だけど、マンガでも映画でもそれはあるな。 黎明期よりも、全体としての水準では今の作品の方が完成度が高いんだけどね。

「世間の評価」は、数値化されないためにおとしどころがない

> 「世間の評価」は、数値化されないためにおとしどころがない
> (アクセス数なんてものは、その指標の一部でしかない)。

> これに振り回されたら、後はノイローゼになるしかない。

「ごめんなさい、なにも考えていませんでした」という人が一人でも現れると、すべての論理は崩れ去ってしまうのだ

推理小説における論理性の話。たしかに……。

宝を探してみんなに教えることが、評論家の最も基本的な存在意義

……だよなぁ。だからこそ、時間と金を無駄にしたくないジャンルほど評論家の需要が高く、競争によって評論の水準が上がっていく。マンガ評論家が歴史の長さのわりに層が薄いのは、マンガが安くて手軽で評論家を必要としてなかったからなのかも。安くて手軽なのはいいことでもあるのだけど。

他国民が困っているなら、そして日本人が助けられるなら、四の五の言わずそして多少は目を瞑ってでも助けろよ

良く考えたら馬鹿馬鹿しいですよね。猥褻な物を目指して描くのが仕事なのに、自分の描いてる物が猥褻過ぎると怒られるなんて

音楽を売る人たちが、音楽を楽しむ人をがっかりさせるような事をしてはいけない。音楽を楽しむ人たちも、楽しませてくれる人を落胆させるようなことはしてはいけない。音楽とは両者がともに楽しんで初めて音楽になるのだ

音楽に限らず。文化ってのは供給者・流通者・消費者が輪になってリレーを続けていくことで発展するのだと思う。

人というものは、とかく思考の省エネをしたがるものなので、いいこと言う人を全面的に信頼してしまい、自分の思考をあずけてしまいがち

> 人というものは、とかく思考の省エネをしたがるものなので、いいこと言う人を全面的に信頼してしまい、自分の思考をあずけてしまいがちだけど、それはダメなのね。
> いいこと言う人でも、その内容は自分で個別に判断しないとね。

私も思考の省エネをよくやってしまうな。匿名だから、wikipedia だから……と否定してかかるということをよくやってしまう。

だからといって思考の省エネをせずすべてを自分で裏を取っていられるほど人生が長いわけでもないしなぁ。難しいところだ。

名言集とか語録なんて思考の省エネの最たるものだな。

マンガは楽しい。読むだけなら

だいたい 20 個ほどメモが溜まったらこうしてエントリ立ててます。 1年~2年に1回の頻度。ではまた来年(?)

敬称略失礼。

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