知のアーカイブ 塙保己一史料館

塙保己一史料館で群書類従の版木を見た

私用で渋谷に行って、用事が予想以上に早く終わったので、さてどうしよう。 付近の案内地図を見たら、塙保己一史料館があると書いてあった。

塙保己一といえば、インディーズ漫画の題材にしたこともあり、個人的にはなじみが深い人だ。

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一枚の写真に入りきらなかったので2枚撮ってパノラマ合成。  塙保己一史料館

この建物は国登録有形文化財に指定されている。

  温故学会会館 文化遺産オンライン
  http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/148175

“塙保己一”というキーワードで、この建物を文化遺産オンラインや国指定文化財データベースで検索できないの、なんとかしてもらいたい。

塙保己一銅像
 塙保己一ブロンズ像

手がそでに隠れてると、だぶだぶの服を着た萌えキャラっぽいよね。

観覧料の 100 円を払って入場。いくつかの展示室があって、それを回るようなものを想像してましたが、ちがうんですな。 ただ、倉庫の版木群を見て、温故学会の人の解説を聞くだけ。もちろんマンガに描いたくらいなので、基本知識はあったので話は面白く聞くことができました。

群書類従の版木。17,244枚 。  群書類従 版木

圧倒される。版木の文字も 8mm 角くらいで、画数の多い旧字体の漢字がびっしり、凸版で彫られてるの。よくやるよほんとに。

この版木が実は現役で、江戸時代から今まで注文があったら、版木から刷って渡してるという話は面白かった。面白かったのでまとめた。

  群書類従が江戸時代から今までオンデマンド印刷対応な件 – NAVER まとめ
  http://matome.naver.jp/odai/2144385616393460201

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なぜ塙保己一が群書を類従できたのか

さて、ここから、まとめに書かなかった話。なぜ書かなかったかというと、いつものように私の憶測が多分に入るから。

そもそも、塙保己一が視覚障害者というハンデを負いながら、なぜよりにもよって書籍の編纂という盲人には難しいであろう仕事ができたのか。どういう風にどんな作業をしていたのか。

『群書類従』は散逸しかかってる古文献を集め、記録したものだ。

各地の寺社や大名の書庫に保管されている古書を借りてくる。それらの多くは人の手で書写されたものだから、当然に誤字脱字があったり、勘違いや余計な創作が混じったフォーク版だったりする。まず目の見える門人が声に出して読み、それを塙保己一が聞く。そして、保己一が自分の記憶や知識と照らし合わせて、書写間違いは直し、本来の文を拾い上げ、つむぎ、価値のないフォークを排除するよう指示する。必要とあれば註釈も述べる。目の見える門人が塙保己一の述べたそれを記録していく……という感じで作業がなされたらしい。

いくら塙保己一が博覧強記の人だったとしても、凡人が目で見て確認してやる作業が、精度的に保己一がやるのより劣るとは思えない。言っては悪いが、効率が悪そうだし、個人の記憶を頼りにするのは問題が多い。

しかし、多くの弟子がつき幕府にも認められたのだから、酔狂な人間しかやらない活動ではない。 散逸しかけてる古書ということで、商業的には採算がとれなかったかもしれないが、学術的には当時から価値の有る仕事と認識されていた。

学術的に価値のある仕事なら、視覚障害者に頼らず、目の見える研究者がやったってよかったはずだ。その方が早く完成しただろう。しかし、現実はそうならなかった。

つまり、効率の悪さ・個人の記憶に頼る危なっかしさを差し引いても、塙保己一でなければ出来ない仕事だったと考えなくてはならない。

ここから妄想。”各地の寺社や大名の書庫に保管されている古書を借りてくる”、この部分こそ、塙保己一でなくてはならない部分だったのではないか。

散逸しかかってるとは言っても、それぞれの寺・神社・大名家において数百年前から伝わる寺宝・社宝・家宝のような文献もあったことだろう。そういうものを、普通の人間が貸してくれと言っても、借りるのは難しかったのではないか。

しかし、仏教の影響の厚い江戸時代においては、盲人へ親切にすることは功徳になる。そういう点で保己一は有利だった。

また、頒布されるのはいやだ、書写目的なら貸せない……という古書もあっただろう。これも、盲人に読み聞かせるだけならば、という条件で借りることができたのではないか。

この当時の盲人の仕事に平家物語の講談というものがあった。保己一も生活のために平家物語全40巻を暗記した。当然に暗記のためのスキルも持っていた。

その場の書写は禁止できても、返却後に暗記を口述筆記することまでは持ち主も禁止できなかっただろう。華氏451度さながらである。

/* 憶測をまとめるとこうだ。—-

  1. 保己一が古文献の収集・編纂を志したころ、貴重な古書を一般の人間が書写目的で借りるのは難しかった
  2. 障害者である保己一は(親切心から)貴重な古書を特別に読み聴かせてもらう機会を得やすかった
  3. 保己一の暗記を頼りに古書の書写が進められていく
  4. プロジェクトは次第に価値有る事業として有名になり、保己一の名を出せば古書を貸してもらいやすくなる
  5. 複数のソースを比較し記憶に頼っていた部分が修正され、品質が上がりますます有名になる
  6. 保己一の記憶に頼る必要が薄まるのと反比例して、プロジェクトの中心人物として保己一は必要不可欠の存在となっていった

—- 憶測おわり */

何度も書くが、ただの憶測で伝記を読んだわけでも研究したわけでもない。
「保己一にどんな利点があってこの仕事を?」
という自分の疑問に自分なりの回答を考えてみただけだ。机上の空論なので、そこはひとつよろしく。

ところで、私も拙作マンガで保己一が浮世絵の版木を指でなぞって、どんな絵が描いてあるか知る、というシーンを描いた。

保己一は(麻雀の盲牌のように)版木を指でなぞってそれを読むことができたか?と聞いてみたら、温故学会の人の答えは
「無理でしょうね。点字じゃなかったら、なにか彫ってある以上のものはわからなかったと思います」
だった。

ついつい、目が見えない分、他の感覚が鋭くなっているものだと思ってしまうし、私には驚異的に思える速度でポータブル点字ディスプレイ端末を読み進んでいく視覚障害者の方を見たこともある。 だから、版木も読めそうに思ってしまっていたが、そうはいかないらしい。

麻雀の牌は 136 枚しかないし、そのうち 108 枚を3種類・1~9の数字の牌が占める。数が少なく用途も最初からわかってる文字だから、触覚で判別もできるようになれる。

しかし日常的な文章で使われる漢字だけでも三千字ほどは覚えねばならず、文頭の字はノーヒントだ。訓練で読めるようになるものではなかったのだろう。点字は偉大な発明だ。

マンガ的には保己一が「版木を触ってかいてあるものを知る」のは絵になるシチュエーションなんですがね……

ちなみに塙保己一史料館(温故学会会館)、OSM で作成されてなかったので作成しました。
  変更セット: 34365553 渋谷区の「氷川みかん公園」と「塙保己一史料館」を作成しました。   http://www.openstreetmap.org/changeset/34365553

塙保己一の精神である「温故知新」は論語の言葉。「故《ふる》きを温《たず》ねて~」と読み下す。「温」に「大事に保管する」の意味がある。

現代でも「十数年、温めていた企画」とか言いますな。

中国人は日本のアニメに出てくる「冷めた弁当を食べる」シーンがにわかに信じられないらしいですね。 古代中国の中心だった華北では、寒さが厳しいため「温めなおす or 冷まさない」ことを重視する価値が発展したのでしょう。

冷や汁、うまいっすよ(←なんだ、この結び?)

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