風雲児たち的聖地訪問 伊豆韮山

韮山城訪問のついでに江川邸と韮山反射炉も見た

韮山反射炉が「明治日本の産業革命遺産」のひとつとしてユネスコ世界文化遺産に承認されたので少し追記修正しました(2015-07-06)

2014 年 12 月に伊豆国韮山城を見に静岡県伊豆の国市韮山まで行きまして、ついでに幕末の偉人として有名な江川英龍の屋敷と日本最初期の反射炉のひとつ、韮山反射炉を見てきました。韮山城については既に別記事を立てたので、これはその残りについての記事です。

始発には間に合わなかったけど、二本目くらいの電車で出発。

スパークリングワイン、CAVA フレシネの広告。これ好き。「祝おう」以外にも数パターンのポスターを見かけた。全部見たいなー…と思ってサイトを見ても置いてなかった。残念。
 駅地下構内看板

谷岡ヤスジ脳内再生。
 新橋駅だったと思う

いつも通り東海道線から見えるものを撮りつつ三島まで行き、伊豆箱根鉄道に乗りかえて韮山に到着。伊豆箱根鉄道は三島市内で狭いところを縫うように走るのが面白かった。実にローカル線っぽい。

韮山到着

韮山到着。良い景色だ。
 韮山

江川邸こと韮山代官所があり、明治にはその所轄を管理するため一時的に 韮山県 – Wikipedia が設置された地だ。いまではそうとは思えないほどのどかな場所だった。


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案内板は充実。要所にあり迷うことはなかった。
 韮山 案内看板

最終的に総歩行距離は長くなるものの、旅行というものは何が起こるかわからないので、最初に目的の場所へ。韮山城を目指して歩き出した。

途中にあった蛭ヶ小島公園。頼朝と政子の像。逆光なのは時間の都合なのでしょうがない。
 蛭ヶ小島の二人像(頼朝・政子)

  →蛭ヶ小島 – Wikipedia

蛭ヶ小島(ひるがこじま)は、静岡県伊豆の国市の地名。源頼朝の流刑地として知られる。

しかし、歴史的には「伊豆国に配流」と記録されるのみで、「蛭ヶ島」というのは後世の記述であり、真偽のほどは不明。

現在、「蛭ヶ島公園」として整備されている場所は、江戸時代に学者の秋山富南が「頼朝が配流となった蛭ヶ島はこの付近にあった」と推定し、これを記念する碑が1790年に建てられた。これが「蛭島碑記」で伊豆の国市指定有形文化財となっている。

……てえことなので、本当にここが頼朝の流刑地か、いやさこの場所が本当に蛭ヶ島なのかすら怪しいのだけど、さりとて反証があるわけでもなし、こまけえことはいいってことよ状態。

公園内にある旧上野家住宅。18c 中ごろ以前の建造と推定されるそうな。  旧上野家住宅(静岡県伊豆の国市 蛭ヶ小島公園)

構造は後で触れる江川邸の母屋にも似るという。
 旧上野住宅(静岡県伊豆の国市 蛭ヶ小島公園)

古民家は好物だけど、今日はまず韮山城が最重要タスクだったので、早々に切り上げた。

……、まずは目的地である韮山城を見て回った。良い城址だった。

  堀切ひとまたぎの樹の見ごたえ 伊豆国韮山城 – 桝旅
   韮山城の堀切をまたいで根付いてる樹

次に江川邸へ。江川氏は清和源氏の流れを汲み、平安中期からここに住み着いた伊豆の主みたいな一族だ。江川荘を安堵されてから当主は代々、江川太郎左衛門を襲名することになってる。もっとも有名な江川太郎左衛門である幕末の偉人・江川英龍にいたっては第三十六代目江川太郎左衛門だ。うーん、長い。

  江川英龍 – Wikipedia
  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%9F%E5%B7%9D%E8%8B%B1%E9%BE%8D


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江川邸は戦国期には韮山城の東を守る江川砦だった。したがって、城からそれほど遠くない。

江川邸

江川邸の表門(国の重文)に到着。
 江川邸 表門

表札がでかい(左下の釘隠しと比べて察しよう)。
 江川邸 表札

母屋(国の重文)の玄関。
 江川邸 母屋玄関

キササゲ。実は生薬として利用される……てことは食用にはならんのかな。冬で落葉してたので樹木のウネウネぶりがよく見えて面白い。
 江川邸 キササゲ

江川英龍はここと江戸を行ったり来たり。ジョン万次郎、高島秋帆、斎藤弥九郎ほか様々な偉人がここに集ったかもしれないわけだ。

目をつむればマンガ『風雲児たち』の様々なシーンが目に浮かぶ。がらにもなく聖地巡礼してしまった。

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……と、しばらくは感動にひたっていたけど、ふと
「まてよ?あのシーンはここじゃなくて江川家の江戸屋敷って可能性もあるな?」
と思い、どのシーンが江戸でどのシーンが伊豆だったかなんてとっさに思い出せるわけもなく、余韻が半減してしまったのだった。

ところで入場券を買うとき、受付で『パン祖のパン』を売っていたので当然に購入した(江川英龍は日本で最初にパンを作った人。ゆえに日本のパン祖と呼ばれ、邸内にはパン祖を称える碑もある)。そしたら受付の人からえらい恐縮した様子で
「すみません……」
と言われた。

その”すみません”が”ありがとう”の意味ではなく、
「(こんな不味いものでお金をいただいてしまって)すみません」
だとわかるのはもうすこし後の話だ。いや、もちろん美味しいだろうとは毛ほどにも思っていなかったけど。

傘立てが面白い。
 傘立て

秀吉の小田原攻めのとき、ここ韮山の竹に縦の割れ目が入ってるのを見た千利休は、その竹で花入れを作ったという。 以来、茶の世界では韮山竹は一種のブランド品になっている。つまり、この傘立ても見ようによってはブランド品と言えよう。

江川家土間。さすがに広い。使用人も含めて大勢が生活していたのだろう。
 江川邸 母屋の土間

かまど。反射炉で使ったレンガで作ったパン窯。
 江川邸 カマド

アメリカ製の大砲だそうな。
 江川邸 砲車

詳細な解説はすべてネットにある。良い時代だとも思うし、わざわざ自分が記事を書く意味あるか?これ、ただ「行った!よかった!」と言ってるだけのエントリじゃね?とも思う

  重要文化財 江川邸
  http://www.egawatei.com/

天井板が無く小屋組みがそのまま見えるマンガに描きたくない屋敷。
 江川邸 小屋組

小屋組みの一番高い部分、棟の直下に棟札箱という小箱があり、日蓮直筆の曼荼羅が入っているらしい。……が、暗くてその箱を見つけられなかった(写真には写ってません)。これから行く人は懐中電灯を持っていくといいかもしれない。

これを見に来た。
 江川英龍 甲州微行

江川英龍が斎藤弥九郎をお供に民間人(刀の行商人)に扮して所轄地を見て回った、それなんて水戸黄門?の様子を本人自ら描いた絵。

刀のような高級品を行商したら強盗に狙われそうな気もするんだが。脇差を差してて不思議はなく武家言葉でしゃべっても不自然でなく、いざというときは商品の刀を手にとって戦える…ということで刀商人にしたのだろうか。

なんだこのハブ野郎。
 江川英龍 人間関係図

生き柱。
 江川邸 生き柱

なぜ生き柱と呼ばれているかというと、生きた樹木をそのまま大黒柱にして家を建てたからだと伝わっていたから。その伝承が事実だとすると、この建物は江川氏の始祖がこの地に移り住んだ平安期の部分が残っているということになる。

……が、修理のため掘り下げたところ、生き柱ではなく掘立柱であることが判明したという(それでも室町時代の柱だった)。

明り障子。江川家は代々、とにかく紙を大事にしてきたという。やだ、好感度さらに倍///
 江川邸 明り障子

江川英龍のスケッチ。当時の風俗史料として重要なのはもちろん、めちゃくそ上手い。
 江川英龍 スケッチ  江川英龍 スケッチ

技術官僚であり、外交官としても有能で、書画をこなし、剣の腕も当然に高く、リア充。なに、この人。平賀源内と並ぶ日本版・万能の人。

江川英龍が生前言ってたことらしい(この書は別人による)。
 江川坦庵(英龍)公 遺訓

平素十分の技術も時に臨み用をなすを五分にして若し其の功用八分を得〓天下に敵なし
(平時に十分に習熟した技術も、いざというときには五分の力しか出せないものだ。もし、そういうときに八分の力を出せるなら天下に敵はないだろう)

〓の部分、私には読めないです。検索すると「ば」と読んでる人と「て」と読んでる人がいますね。「若し~」とあるから「ば」と読みたいし、でも字形は「て」に見える。うーむ。

……ひょっとして「る」じゃね?(直感のみで言ってます)

追記:「ば」だそうです(コメント欄参照)。

江川英龍の書。ストレス溜めるから維新までもたずに死んじゃうのよー。ンモー
 江川英龍 書

西蔵。その形状から別名・駒蔵とも。他では見たことの無い形の蔵だ。
 江川邸 西蔵(別名 駒蔵)

南米蔵。
 江川邸 南米蔵

江川邸母屋(国重文)。
 江川邸 母屋

とりあえず記念のシェー。
 記念のシェー

ここらで腹も減ったのでパン祖のパンを食べることにする。
 パン祖のパン

受付の人は申し訳無さそうに
「固いんですよ。かすていらの方は江川英龍のお母様が好んだ味を再現したということで、もう少し食べやすいんですけど……」
と言っていた。

てやんでえ、こちとら「健康はアゴから」のキャッチで有名な『くろがね堅パン』も日本一かたいと噂される『みそ入大垣せんべい』・四つ折も経験済みでい。そこらのおあにいさんたあ、おあにいさんがちがうんでいっ

……そう思っていた時期が私にもありました。

パン祖のパンは、固さの質がちがうんですね。開封して3日くらいたった食パンに似た、みっしりした堅さ。靱性の高い固さ。堅パンや大垣せんべいがガラスや陶器みたいな固さなのに対して、パン祖のパンは銅版みたいな固さというか。たいへん不味うございました。

決して責めておりません。話のタネとしてお釣りがくる納得の不味さでございました。皆様も機会があればぜひ。

むしろ、不満があったのはパン祖のパンではなく、食べやすいと言われた『かすていら』の方。たしかにパン祖のパンより若干やわらかく、ほんの少し食べやすかったものの、不味いのに変わりはなく、中途半端ゆえにネタにもなりにくいのでした。

裏門から富士が見えた。風流な屋敷だ。
 裏門から富士が見えた

韮山反射炉

さて、最後の目的地。韮山反射炉へ。2.7km。そのあと駅までやっぱり 2.7km。ここまでで3~4キロ歩いてるので、歩けるけどー、しんどいっちゃしんどいなー…という距離。

レンタサイクルが欲しかった。駅前に見当たらなかったからあきらめたけど、あとで検索したらあったらしい。ストビューを見たら、レンタサイクル店だとされる場所にあるのはクリーニング屋なんだけど……廃業したのか副業でレンタサイクルをしてるのか。

ともかく、その場で検索しろってことだな。ついこないだまでフューチャーフォン的検索すら出来ないプリペイド携帯しか持ってなかったので、その場で検索するという発想がときどき出てこない。

「バーベキューと流しそうめん。そういうのもあるのだ」「て、店長ッ!?」
 バーベキューと流しそうめん

見えた。江川英龍の作った日本最初期の洋式製鉄所。韮山反射炉。
 韮山反射炉

  伊豆の国市/国指定史跡韮山反射炉
  http://www.city.izunokuni.shizuoka.jp/bunka_bunkazai/manabi/bunkazai/hansyaro/


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世界遺産に推薦決定というが、ちょっと力不足じゃなかろうか。
8県にわたる「明治日本の産業革命遺産」として世界文化遺産に承認されました。
単体で力不足ならグループで、みたいな。

  明治日本の産業革命遺産の23資産28拠点をGoogleストリートビューで楽しめる – 週刊アスキー
  http://weekly.ascii.jp/elem/000/000/353/353559/

春になったら手前の桜が咲いて、入場料を払わないと反射炉が見えなくなる(悪意のある見方)。
 韮山反射炉

金属トラスがかっこいいけど、これは現代になって倒壊を防ぐためにつけられたもの。
 韮山反射炉

江川英龍銅像。
 韮山反射炉 江川英龍像

「ふたりは」「プリキュア!」
 韮山反射炉

三本に見えたり。
 韮山反射炉

四本に見えたり。オバケ煙突だ~~。
 韮山反射炉

ニコニコ動画

YouTube

この反射炉で鋳造したのであろう大砲。
 韮山反射炉  鋳造した大砲

いろいろ考えることは多かったし、説明板はわかりやすく充実してた。が、やはり反射炉があるだけという感じは否めず、ぐるり一回りして終わりだった。

単体で世界遺産入りが難しいならグループで…てのはわかるけど、古都京都や沖縄のグスクとちがって、8県にも渡っていてはいっぺんに見られるものではないし、ちょっとなあ…。

ここの隣のみやげもの店で、江川邸とは別のパン祖のパンを売っていた。こちらの方はそこまで始祖の製法にこだわってないみたいで、けっこう食べやすかった。個人的には好きな味だった。やはり人を選ぶかな?と思っておみやげは普通の羊羹にしたけど。

ぶらり徒歩の旅

駅まで 2.7km 。だるい。

あとでOpenStreetMapに貢献するために路面の状態などを撮っておく。
 未舗装道路

そんなに熱心な貢献者じゃない。ウェブの説明を読みながら間違ってないか不安を感じつつ独りでちょこちょこ作業してる。

伊豆箱根鉄道駿豆線。ええねん。わしこういう構図が好きやねん。
 伊豆箱根鉄道駿豆線と富士山

「イ」とか「ロ」でいいから名づけてあげなよ……
 無名踏切

隣の無名踏切と同規模の踏切なのに、えらくご大層な名前が。
 北条踏切

田園とローカル線と富士山。こういうのが鉄的に良い写真なんやろ~(大偏見)
 伊豆箱根鉄道と富士山

反射炉をぐるぐる回したを撮ったとき設定を 1280*960 にして、戻すのを忘れたままだったのは秘密だ。

なんぴとたりとも踏み切らせねーっ!
 通せんぼ

韮山反射炉を模した駅前オブジェ。
 駅前オブジェ

正直、オブジェより先に韮山駅に跨線橋を作ってはどうかと(それは伊豆箱根鉄道の問題だというのは承知の上で)。

小・中・高・図書館・劇場・体育館・蛭ヶ小島公園・韮山城・江川邸・歴史資料館・韮山反射炉のすべてが駅の東側なのに駅の出口は西側にしかなく跨線橋もないとか、なにを考えてるのかと(人件費削減のためらしく東口は学生専用になっている)

……という不満がなくもなかったですが、おおむね、のどかで良い所でした。韮山から三島に戻るとき、富士山がぐいぐい近づいてくるのも良かったです。おわり。

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