不遇の傑作ホームコメディ 杉作『でんぢらう日記』

杉作さんの『でんぢらう日記』完全版(1)(2)について

最初に申し上げておくと、私と杉作先生(J太郎先生ではない方)は、飲み友達だ。

したがって、このエントリは友人の作品を誉めるという、非常にポジショントークなエントリであって、公平な感想ではない。

だいたい、「不遇の傑作」なんていう大仰な持ち上げられ方を嫌がる人なのだ、杉さんは。私だって、あんまりそういうお世辞めいた誉め方は苦手なタイプだ。

とはいえ、「『でんぢろう日記』感想」じゃ、アクセスは伸びないのである。私がマンガの感想を書くのは4年ぶりで、4年前に書いたのは『うぶんちゅ!』だった。こちらも Ubuntu Magazine つながりで知り合った瀬尾先生の作品だが、このときのエントリのタイトルは「マンガ:『うぶんちゅ!』感想」だった。

これではアクセスは伸びんのである。ブクマされんのである。 RT されないのである。正直、微力にもなれず瀬尾先生には申し訳ないと思っている。

  >マンガ:『うぶんちゅ!』感想 | 桝席ブログ
  http://www.masuseki.com/wp/?p=294

あれから私も学習した。多少は大げさな表現をタイトルに入れるようになった。 「嘘・まぎらわしい」は入れてないのでJAROへの通報は控えていただきたい。

『でんぢらう日記』とは

明治を舞台にしたホームドラマだ。主人公は元・武士で一男一女の父。できた奥さんとヤンチャな息子・娘に囲まれて、父たらん男たらん武士たらんと奮闘するも空回りし、なんやかんやあって、いい感じに一件落着するホームコメディだ。

うろ覚えだけど、最初は読み切りみたいな感じで載って、それからしばらくスパンが空いたのちに、連載になったはずだ。

正直に言うと、最初の掲載のときはピンとこなかった。 が、連載になってからの数回を読んで、
「杉作さん、すげえ鉱脈を掘り当てたな」
と思ったものである。

最初のうちの『でんぢらう日記』は、あえて紋切り型を構築しようとしていた。

  1. でんぢらうの家庭内で何らかのトラブルが発生し
  2. トラブルにでんぢらうが振り回されてんやわんやがあって
  3. いったん収束すると思わせて、そうはならず、でんぢらうは意を決して武士の恰好に着替え大小を差して(いわゆる水戸黄門の印籠・ウルトラマンのスペシウム光線)
  4. トラブルが解決したり解決しなかったりするのだけど、ともかくなんとなく物語にはオチがついて幕

というパターンで、こう書くとマンネリでありがちなホームドラマっぽい。の、だけど、そこはそれ短編の名手(これはお世辞じゃなくマジで言ってる)である杉作先生のことだ、ご安心。いかにもな展開になるのだけど要所、要所でヒネリが入り、予定調和な心地よさは崩さずに予想通りの展開にはならないという妙技を見せてくれる。

そして、基本的に世界が明るいのだ。

これは、『クロ號』の反動もあるのかもしれない。カワイイだけじゃない、猫のシビアな現実も正面から描いたところに『クロ號』のエポックメイキングな価値があった。とはいえ研ぎ澄まされたナイフのような物語ばかりでは作者も読者も疲れてしまう。

私はこの「明るい」作風を歓迎するし、だからこそ『でんぢらう日記』に感心した。 ワンパターンと言えばそうかもしれないが、毎回、強引に「武士の正装」をして家を飛び出していくでんぢらうに笑ったから。お茶の間向けの実写ドラマ化に向いていると思ったから。

時代劇に力がなくなった昨今だけど、チャンバラではなくホームドラマとしてなら、まだまだ切り口はあると思った。 朝のテレビ小説なんて、あいかわらず明治~戦前が舞台の作品が多いわけだし、しかもそれなりに視聴率もとっている。 時代劇版の『渡鬼』『寺内貫太郎』があっていけないわけではあるまい。……と、そう思ったのだ。

そんなわけで、私はこの作品が杉作先生の作品の中で一番気に入っている。

杉作さんによれば、杉作さんに近しい人も
「でんじろうが一番好き」
と言っているそうだ。そう、読めばわかる。

だからこそ、今回、完全版が出たと聞いて、遅ればせながら喜んで購入したのである。 杉作さんの著書はときどき、ご好意でタダで本人からもらったりしてるのだけど、この作品は自腹で買いたい作品だった。

ところが。

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「やー、やっと注文しましたよ完全版。遅くなってすみません。ところで、『でんぢらう』日記の完全版について、愚痴があると電話でおっしゃってましたけど、なんすか?」
と、こないだ会って飲んだときにたずねた。そしたら、私にとって衝撃の事実を告げられた。

「きいてよ桝田さ~ん。『でんぢらう日記』、完全版って言ってるのに、残りを出す予定がなくなっちゃったんだよ~」

ななな、なんですと~~~~。

そりゃ、あんまりですがな。こっちは完全版だと言うから、注文したのに。完全版という名の不完全版だなんて。

不完全なら『日々是犬猫かぞく』(←『でんぢらう日記』から犬と猫がからむ物語だけを抜粋した単行本。私はこれも買った)と同然じゃないか。

「電子書籍としてならリイドから全話入ったやつが出るには出たんだけどさ~」

それは知らなかった。検索したら、たしかに出ていた。

  >ザンギリ頭をたたいてみれば。壱 『でんぢらう日記』より :無料・試し読みも!コミック 漫画(まんが)・電子書籍のコミックシーモア
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『日々是犬猫かぞく』もそうだけど、変な改題をされると、連載を読んでた人間としては買う気が萎えるものだ。原典厨ですまんね。改題することで、訴求してなかった層にアピールする、という理屈はわかるのだけど。

整理してみよう。

紙書籍は朝日新聞出版で電子はリイド。なんでそんなことになったのかというと、朝日新聞出版が完全版を出したい申し入れたら(どこの出版社でもあることだけどリイドも例にもれず)、急に惜しくなって、紆余曲折のすえ紙書籍は朝日新聞出版、電子はリイドということになったのだという。

まあ、リイドのことはとやかく言うまい。問題は朝日新聞出版だ。完全版と銘打ちながら、最後まで出さないとはなにごとか。

そりゃあ、慈善事業じゃないんだから、刷っても利益にならないなら撤退するのが妥当だ。

不完全とはいえ、既刊で『日々是犬猫かぞく』があり、ぶっちゃけ売り上げは芳しくないのはわかっていたはずだ(そもそも、普通に単行本にしても利益が上がらないと踏んだからこそリイドは改題し抄作版にしたのだ)

『コミック乱』という宣伝媒体を持ってるリイドでそれなんだから、雑誌を持たない朝日新聞出版が普通に出しても売れるわけがないのだ。実際、雑誌で『でんぢらう日記』を読んでて、好きだったという人でも、完全版が出てることに気づいてない人が大半じゃないか(私もずいぶん、気づくのが遅れた)

おそらく、朝日新聞出版の中の人は、見誤ったのだろう。個人的にも存じ上げている人で、その人こそリイドに在籍したときに杉作さんへ依頼し『でんぢらう日記』を起ち上げた人なのだが。

自分が手塩をかけた作品であるし、なによりマンガとして優れた作品だ。だから、出せば売れると思い込んだ。そんなところだろう。

作品として優れているのは間違いない。そこは同意する。だが、日陰で咲いても気づかれないのだ。

そんでまた、杉作さんがSNSでの宣伝を大の苦手としてるから。気持ちは私もよくわかる。漫画家なんてクネクネが得意だったら漫画家になってない人種だ。

営利事業である以上、利益が見込めない商品を製造できないというのはわかる。わかるがしかし。

しかし。

朝日新聞出版は、別に、『でんぢらう日記』の原稿料を支払ったわけじゃない。それを支払ったのはリイドだ。と、すれば、著者に原稿料を払って執筆してもらう普通の単行本より、はるかに製作費は安く済んでるはずだ。 (出版権をめぐってリイドと話し合った結果、金銭トレード的なことがあったのかもしれない。ここは私にはわからないが)

事情はいろいろあるだろうが、完全版と銘打ったものを途中で投げ出しては読者に対しても著者に対しても不誠実で信用を失う行為だ。それは長い目で見て、朝日新聞出版にとって、より大きな損失になると思うのだが、どうだろうか?

もちろん、朝日新聞出版が信用失墜を回避する道がある。少部数でも最後まで刊行すればいい。それだけのことだ。

ファンにもできることがある。宣伝だ。それが完全版が最後まで出る希望になる。現に、いま、この文章で私がそれをやっている。なぜなら、私は紙書籍で完全版が読みたいからである。

『でんぢらう日記』は、その価値のある作品だ。読まれるべき作品だ。

わたくしと『でんぢらう日記』

最後に、わたくしに関することも少々。実は、作品の評価を別として、『でんぢらう日記』は私の人生にすくなからず関与している作品だ。

というのも『でんぢらう日記』の第一話がコミック乱に掲載されたのは 2004 年~ 2005 年だったと思うが、そのころ私は『浅倉家騒動記』の連載も終わり、次の連載も決まらず、持ち込みの日々だった。

成果はかんばしくなく、持ち込んでない編集部も少なくなってきていた。 『でんぢらう日記』の第一話が載ったのは、そんな頃だった。

実を言えば、わたしはコミック乱を、オッサン向け雑誌だと思っていたから(年齢的にはオッサンに突入していたが)私が入り込める雑誌だと思わず、持ち込み先候補に入れていなかった。

『浅倉家』がまっとうな時代劇じゃないのは、作者がいちばんわかっていたことだし、高校で日本史を選択しなかった私に本格的な時代劇が描けるとも思っていなかったからだ。

しかし、杉作先生にお鉢が回った。ネコマンガの人に、時代劇雑誌から依頼があったのだ。 雑誌が新しい風を求めているのを感じたし、杉作先生に聞けば原稿料の遅延もなかったという。

ならば持ち込むしか!

そんな経緯で、おそるおそる持ち込んでみたら、幸いにも応対してくれた編集氏は浅倉家を読んでいてくれていた。高く評価してくれていた。

そして、ときどきコミック乱に偉人をテーマにした私のギャグ読み切りを掲載してくれた。

この方は、のちにPHP出版に移籍してコミック大河を創刊し、私に城擬人化マンガ『どっから見ても波瀾万城』を連載させてくれた、私の恩人である(今はマンガを出版していない出版社のマンガと関係ない部署におられるようだ)

言わば、『でんぢらう日記』が無ければその後の私はなく、『日本全国波瀾万城』も無かったのである。

  Amazon.co.jp: 桝田 道也:作品一覧、著者略歴
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私のファンであるが、杉作先生のファンではないという人にも、感謝して聖物のように購入していただきたいと思う。

紙書籍版がほしくなる画像

でんぢらう日記 完全版のカバー下(残念ながら色がちがうだけで1巻も2巻も同じ画像) でんぢらう日記 完全版1 カバー下

杉さんはふわっとした絵が、ほんと上手い。

というか、この絵をカラーで描かせてカバーにしろよ、と思った。

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