18きっぷで東京から島根へ行った

18きっぷで松江城と出雲大社を見に行った

旅程は 12/30~1/3。松江城も出雲大社も、そのほか見て回った城はそれぞれエントリを建ててるので、この記事はその途中を補完する内容となります。

本題の前に。波瀾万城シリーズの新作を制作できたらいいな、と思って、クラウドファンディングにトライしてみました。

城擬人化娘マンガ『波瀾万城』シリーズの新作を制作したい!国宝 松江城編! – FAAVO島根
https://faavo.jp/shimane/project/1801
プロジェクトビジュアル

この作品の取材のために島根に行きました。私は取材の成果を披露したいので、ご支援のほど、よろしくお願いいたします!。

一日目 2016.12.30

18きっぷ。始発待ちのために品川駅へ。
品川駅

何年か前、真冬に改札前で始発待ちなんかできるかよ、とファミレスに飛び込んだ。今年は寝袋持参で、早々に風の当たらない通路の奥を確保した。慣れたもんだ。成長したもんだ。こんなスキル、いらんけどな。

以前は品川駅といえば、どん兵衛のプロモーションが盛んだった記憶がある。写真は 2011 年。
たぶん品川駅

今年はマルちゃん一色に染まっていた。
品川駅

どうも、年末に品川駅在来線ホームに来るような新幹線に乗れない貧乏人は、年越しソバはカップ麺でもすすってろと言われてるような気分だ(被害妄想み)

近いうちに消えるであろうものを撮る。
品川駅

始発までの4時間、寝袋でぐっすり寝たかったが、1~3分間隔でみどりの窓口のシャッターを蹴っ飛ばすという、JRに不満を持つお方が1時間近くその行為を繰り返しなされたせいで、あまり眠れず。

朝食代わりの 100% チーズのスナック。
チーズスナック

これも朝食代わり。ヒヨコ豆とレンズ豆の水煮を炒ったもの。不味そうな写真ですまん。不味いかどうかというと、あなたの想像通り、豆の水煮を炒った味だ。
煎り豆

調理自販機というと、群馬や埼玉のレトロなものが話題だけど、この分野も新製品があるんだな。品川駅にて。
食品自販機_品川駅

こういう旅行レポをするのに、なにか被写体が欲しいがフィギュアってのも……と思って選んだ、このペットボトルカバーもだいぶくたびれてきた。
旅の伴

さすがに、東海道本線で新たな「見えたァー!」の収穫も無くなってきた。

見えたァー!: 青春18きっぷで18倍たのしむ東海道本線 見えたァー!: 青春18きっぷで18倍たのしむ東海道本線

しいて言えば、この台風が来たらやばそうなメガソーラーくらいか。収穫は。瀬戸の手前くらいだったかな。
メガソーラーパネル

昼食。旅行前に、近所でワゴンセールで1個50円で売られてたのを10個くらい、買い溜めした。スナックのようにボリボリ食って、お茶で流し込んだ。ひでえ食事。
フリーズドライ

膳所城へ行くために大津駅で下車。はい間違えたー!(一駅手前の石山駅で降りなければならなかった)
大津駅

  >湿地と水鳥と犬走り 近江国膳所城 | 桝席ブログ
  http://www.masuseki.com/wp/?p=8570

膳所城は、この旅行でめぐる予定の城の最初であって、前哨戦、肩ならし、リハビリ、朝飯前、がまん汁のたぐいであったのだけど、いきなり最初からずいぶん歩いた。いつものことだが、先が思いやられた。

ムーンライト八重垣が廃止されたいま、首都圏始発で 24 h以内に普通電車で松江まで着くのは難しい。というか無理だと思ってるけど、自分は見つけられなかったが18きっぷのプロは知ってるハックがある可能性を考慮して、保険として「難しい」と書いている。

というわけで、どこで一泊するか、わりと悩んだ。

竹田で一泊して雲海に浮かぶ城を見るというのは魅力的な案だったけど、雲海が見られるかどうか運次第だし、山城で体力を消耗したくなかった。あと、寒いのは嫌だ。寝袋は持ってたが冬用のガチなやつじゃない。

同じく山城であるという理由で鳥取城もパス。もっとも、今回はふもとの近世城郭部分だけ見て、山城部分は次回以降に回すという考えもあるにはあった。

いずれにせよ、松江城へ行くまでにヘロヘロになっては元も子もないので、今回の旅行では山城を入れないことにしたのだった。

そのつもりだったけど、結局は備中高松城で秀吉陣のあった丘陵までかなり登ったし、米子城も、丘城にしては高い部類だったので、目論見は外れることになったのだが。

膳所城を見たあと、駅に戻ったころには夕方になっており、この日はもう、写真なし。岡山でネカフェ泊。最近のネカフェはファブリーズを貸してもらえるのな。有能。

ネカフェの薄っぺらい毛布は安眠するにはちょっと寒い問題は、寝袋持参だったので問題なし。

二日目 2016.12.31

夜明け前の大都会岡山。電話ボックスを失われる前に撮る。
岡山市の電話ボックス

以前、備中松山城に行く途中で通り過ぎつつ、
「いつかはここも見なきゃねえ~。宿題、宿題」
と思った備中高松城に着いたのは夜明け前だった。

   >水攻めという悪魔的な発明 備中国高松城 | 桝席ブログ
   http://www.masuseki.com/wp/?p=8578

備中国高松城跡には復元櫓などはないけれど、駅近くに天守っぽいお堂があった。八幡山蓮福寺地蔵院だそうだ。
八幡山蓮福寺地蔵院

古そうな建物であったけど、特に文化財に指定されていたりはなさそうだった(説明板がなかったから、そう判断した)。

その後、伯備線で北上。かつて伯備線で備中高梁までは行ったが、そこより先は初めてだ。 高梁高校から見る伯備線も良かったが、伯備線から見る高梁高校も良かった。

見ごたえのある、自然の景観。
伯備線の車窓から

見ごたえのある、人為の奇観。
伯備線の車窓から

井倉という辺りで、鍾乳洞などあるらしい。天然の絶壁もあれば、石灰石だかなんだかを採掘したために生まれた人工の絶壁もあり、 余暇をもてあますほどの人生ならじっくり訪れたい場所だと思った。

乗り換えの電車待ちで、新見駅で下車。30 分から 60 分くらいだったろうか。
新見駅前

駅前の説明板にあった、
「古代を代表するのが飛鳥なら、中世を代表するのは新見」
という主張は、ちょっと大きく出すぎだと思うけれども、残された東寺文書によって中世日本の研究上、新見が非常に重要な地位を占めているのは確かだ。

ちょうど、その東寺と新見の書簡のやりとりを解説した本を読んだばかりだったので、
「おおお、ここか!ここがあの新見か!」
と、感慨深いものがあった。

戦乱の中の情報伝達: 使者がつなぐ中世京都と在地 (歴史文化ライブラリー) 戦乱の中の情報伝達: 使者がつなぐ中世京都と在地 (歴史文化ライブラリー)酒井 紀美
吉川弘文館

↑勝手に思い込んだ私が悪いが、武将がどういう風に情報伝達していたかの本ではない。大雑把に言えば、地方の役人と中央(東寺)のやり取りの解説本だ。応仁の乱の混乱はあるが、戦における軍隊の命令伝達に触れた本ではない。

米子へ近づいたあたりで、模擬櫓が見えた。江美城模擬天守らしい。
江美城模擬天守

米子駅到着。なかなかかっこいい駅。
米子駅

電車の車窓から見た大山は、それはそれは見事で、さすがに富士山と争っただけのことはあると思った。 この旅行中、このとき電車の中から見た大山が、もっとも近くてもっとも見事だった。 頭を雲に隠していたのでほとんど写真を撮らなかったことを、いま、後悔している。

あまり下調べもせず、予備知識もなく、駅からわりと近いよねー、と荷物をコインロッカーに預けもせずナメた態度で米子城に行った。けっこうな高さまで登らされた。冬でも汗だくになった。

   >建物が無くてもド名城 伯耆国米子城 | 桝席ブログ
   http://www.masuseki.com/wp/?p=8610

米子と言えば水木しげるロードが有名。だが、もともと街角オブジェが大好きな都市なのかもしれない。

米子城の近くのミシン目の入った巨石。お?残念石かな?城クラスタとしては思うが、どうも「そういうオブジェ」らしい。まぎらわしいのでやめてほしい。
米子市のオブジェ

エロい(個人の感想です)。
米子市のオブジェ

エロい(個人の感想です)。
米子市のオブジェ

ホモい(個人の感想です)。
米子市のオブジェ

なかなか名物を買わない私だけど、200 円程度なら積極的に買わないでもない。
とうふちくわ

味の感想は
「うわー、とうふの風味のあるちくわだー!」
という、そのままのものであった。

若干、とうふの主張が弱い。大豆と魚肉が、お互いを引き立てるでもなく、かといって不調和というわけでもなく、なんちゅーか、魚肉の代わりに大豆で量を増やしたちくわという感じ。鍋に入れたら美味いかもなと思ったけど、そのままムシャムシャと食べた感想は、可もなく不可もなし、だ。

松江に到着。すげえラブホがあると思ったが、テレビ局だった。
山陰中央テレビ

ミュージカルコメディ『死神』。明日は元日やぞ!ちょっと遠慮せーや!
ミュージカルコメディ 死神

さて、2016 年最後の夜を明かして元日を迎える場所をカプセルホテルにするか、ネカフェにするか迷ってブラブラしてたら、道端にファイルケースが落ちていた。

中身は保険の書類。個人情報ぎっしり。これ、失くしたらあかんやつや。

大晦日だ。本人もいまごろ、家族と紅白を見てる頃だ。 ほっときゃいいじゃねえか、めんどくせえ。財布を拾ったわけじゃないし。 私は何も見なかった、拾わなかった。それでいいじゃん。 こっちも、今宵の宿を決めなきゃならんのだ。

と、できるような、お人悪しだったら、私はいまごろもうちょっと幸せな生活をしてるだろう。

正直こそ我が人生。ファイルケースの中には保険会社の名前の入った名刺もあった。持ち主であろう。 電話した。

見知らぬ番号からの電話であり、大晦日。本人は落としたことに気づいていなかったらしく、そうとう訝しんでいた。 しかし、事実だったら大変なことだし、こちらは何か対価を要求したわけじゃないしね。

私も暇じゃないので、駅前の交番に預けるということを伝えて電話を切り、そのようにした。

30 分後、お礼の電話がかかってきた。疑いも晴れたし、 顧客の個人情報は守られ、落とし主は年明けに会社から怒られずにすむというわけだ。 めでたしめでたし。

なんのお礼もできませんけど、ありがとうございました!」

と、力強く言われた。……まあ、いいさ。お礼を期待してたわけじゃない。私は自分の信条に従って、功徳を積んだ。自分が自分であることを守った。それが見返りだ。

鳥取だろうが島根だろうが、冬の日本海側はあまねくカニ推し。
ウェルカニキャンペーン

白くて濃い液をゴックンした 2016 年大晦日。
農協牛乳

そうして、カップ麺の年越し蕎麦すら、すすらずに、年を越した。カプセルホテルには、そんな寂しい男たちがちょぼちょぼといて、大晦日の格闘技を観ながらタバコをくゆらせていた。

(後編は近日中に書きます)

城擬人化娘マンガ『波瀾万城』シリーズの新作を制作したい!国宝 松江城編! – FAAVO島根
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三日目 2017.01.01

ひとりさびしくカプセルホテルの狭い棺桶の中で年越しを迎えるハメになったのも、自分の不徳ゆえと枕を濡らしながら眠り、 淡々と 2017 年の元旦を迎えた。

不徳の内容はプライベートなことであるので、くわしくは書かない。

元日ということでカプセルホテルにしては頑張っているほうであろう朝食をいただき、松江城へ。

2017 元日の松江。幻想的に美しい。パープルタウン(脳内再生)。
幻想的な松江の朝

もう少し明るくなると、水郷寄りの、よくある地方の県庁所在地。
松江市

キュービズムな蔵。
キュービズムな蔵

松江市限定と思われるポスト。
松江限定ポスト

せっかく島根まで来たのに東京橋とは。
東京橋

そして、本当だったら4時間くらいはかけて見て回りたかった松江城を、2時間で切り上げる。

   >いま旬の城 出雲国松江城 | 桝席ブログ
   http://www.masuseki.com/wp/?p=8645

つぎ、いつ島根に来られるかわからないので、出雲大社を見ておきたかったのだ。

ルビ雲出……ああ、右から左に読むのか。
ルビ雲出

めそ?
めそ?

松江鼕伝承館。読めない。説明板で「どう」という楽器(太鼓)だとわかるも、パソコンで入力するのも苦労する。
鼕←変換候補に出ない

個人的には水木しげるロードよりもグッとくる、ギャートルズ銅像。
ギャートルズ

松江城を眺められる展望室として、山陰合同銀行本店展望室が、実は知る人ぞ知る存在になっている。 元日だったから、さすがに休館してるだろうと思ったけど、とりあえず行ってみようと目指してみた。 (いま思うと、スマホでその場で調べろよ、と思う。ちなみに 1/1 は休館日だった。やはりw)

が、マップ上のブクマ登録を間違ったようで、本店ではなく北支店に行ってしまった。着いて、間違いに気づいて、時間切れ。出雲大社へ行く電車に乗らねばならぬ時間。

次回訪問への宿題が残った。

出雲へ向かうラッピング電車。説明がなく、よくわからない。大国主神かスサノオか、どちらかだろうと思うことにした。
説明が欲しいラッピング電車

出雲市駅。出雲大社を模した大社造り風の入口はなかなかであるが。
出雲市駅

木造にこだわったがゆえの悲劇が。
木を使ったばかりに。

出雲市駅から出雲大社までは一畑電車で。カメラを構えたら子供がピースしやがった。おめーを撮ってんじゃねえよww
子供にピースされた

一畑電車は、出雲大社前駅まで、ほんの十数キロなのに 490 円たあ、ぼったくりもすげえな、と思った。

しかし、この歴史のありそうな味わい深い鉄骨トラスを見て、許した。こんないいもの見せてくれるんなら、ゆるす。
一畑電鉄 出雲大社前駅

問題は、だ。こういう風に、古いのが良い、素朴なのが良い、などと誉めても、誉められた人はうれしくないし、むしろバカにされたと感じてしまうことなんだよな。 そんで、新しくしたり塗り替えたりして、台無しにしちゃう。

鑑定団が始まって長いけど、古いものは古いから良いのであって、ピカピカに磨いたり塗り直したりしちゃだめだってこと、なかなか浸透しないねえ。

出雲大社が近づいてくると、田んぼの中の小道でこの態である。
出雲大社近く

出雲大社に近づくにつれて天気も神々しくなってきた。右下に見えるのは出雲ドーム。
神がかってきた

もっとも出雲大社前駅から出雲大社まで、参道は出店が立ち並び、オーラ的なものは感じられなかった。

   >いちどはいきたかった、いづもおおやしろ | 桝席ブログ
   http://www.masuseki.com/wp/?p=8662

松江城と出雲大社、どっちも見たくてどっちも見て、どっちも中途半端になってしまった。しかたないけどくやしい。古代出雲歴史博物館、行きたかった。

出雲蕎麦の名店で出雲蕎麦を食べてみたかったけど、行列だったのであきらめた。松江へとんぼ帰り。

一畑電鉄川跡駅。
川跡

斐伊川は江戸時代初期に川違えを行い、日本海に注いでいたのを宍道湖に注ぐよう、流れを変えた。そのときの名残の地名だろうか……と考えた。考えただけで調べてはいないので、ちがうかもしれない。

出雲そばは、松江駅の「たたらや」で食べた。この店を選んだ理由はただひとつ、駅から近くて元日でも営業していた。それだけである。

はじめての出雲蕎麦。
出雲そば

たべやすいよう、小さなお椀に分けられて出てくる。めんつゆを、これにぶっかけて食べるシステムなのだそうだ。 めんつゆの濃さがわからないので、さいしょの一椀はかけすぎてしまった。

そば湯が欲しかったが、たずねられない小心者。ここ、西日本やしなあ……(ビクビク)。日本全国、最初からそば湯ポットが置いてあるシステムになってほしい。

出雲蕎麦は挽きぐるみ(全層粉)なので香りが強いという話だけど、私は慢性鼻炎なので、よくわからず。蕎麦とめんつゆ自体は十分、美味しかったけど出雲ならでは!というほど独特のものではなかった。とはいえ、薬味にもみじおろしを加える、というのは素晴らしいと思った。
出雲そば

そばを小分けにしてもみじおろしを足すだけなら出雲まで行かなくても自宅でできるので、次に来た時、どうしても出雲そば食べたい!とはならないだろうなあ……と思ったことも正直に書いておこう。

微妙に不安になる銅像。
妙に怖い

ここからは帰路。
山陰本線

夜の山陰本線。人、乗ってねえ。写真撮り放題かよ
だれもいねえ

鳥取駅のひとつ手前、湖山で降りればネットカフェまで近かったのに、鳥取駅まで行ってしまったので 3km ほど歩く羽目に。

顔に見える。しかも怖い。
顔に見えて、しかも怖い

めでたい元日の夜に、ひとり寂しく、寒くて暗い夜道、河原の土手の上の道をトボトボトボトボ、なにやってんだ自分と思う。

不徳の件を思っては自己嫌悪。はあ。

因幡大橋であろう。白兎が付いてるから。
因幡大橋

ネットカフェで寂しく就寝。

四日目 2017.01.02

いま、この記事を書くにあたって旅行前に作成した予定表を見ると、本来は 1/1 には福知山まで行きカプセルホテルに泊まる予定で、鳥取泊は福知山まで行けない場合の代替案だった。予定表、作っても見ないんじゃ、意味ないな。

鳥取の朝。古本屋の広告用オブジェらしいが、内部メカがガス駆動風デザインなのが良いと思った。
ガス駆動っぽいのがイカす

宮沢賢治み
宮沢賢治み

駅まで 3km。昨夜のように歩きたくないのでバスを待ったが、来ない。正月ダイヤだと気が付いたのは30分後だった。あわててタクシーを呼んだ。1月2日の早朝だというのに申し訳ない。

私はタクシーの運転手が饒舌だったら会話するし、寡黙だったらこちらからも話しかけないタイプ。 この日の運転手さんは、ほどほどに話す人だった。

そこで、松江城を見に行ったこと、鳥取城も見たいが今回は時間がないことなどを話した。

運が良かったのだろう。この運転手さん自身は、城好きというほどではないらしいが、奥様が城好きで、いっしょに各地の城を回られているという話だった。 それもガチ勢。
「このあいだは若桜城という城に行きましてね。でも、何もないんですよ」
普通の人の言う「何もない」城へ行くのはガチ勢だ。

不勉強で、若桜城と言われてもわからなかった。若狭城?小浜城のことかしら?みたいな。私の城の知識は、まだその程度だ。

近年、整備が終わり評価の高まってる城らしい。

   >若桜鬼ケ城跡 | わかさ観光ガイド | 若桜町観光協会 ?若桜町の魅力をどど?んと紹介?
   http://kanko.town.wakasa.tottori.jp/search/watch/culture/onigashiro/

とまあ、そんな感じで、(1)そもそも福知山出発の予定が鳥取出発になった。(2)バスの正月ダイヤに気づかず、出発がさらに遅れた。……という二つのトラブルで4日目が始まった。

大岩駅をすぎたあたりで、あ?えぇ……うーん……大きい……かな……?という微妙な岩が見えた。
大岩駅を過ぎたあたり

浜坂駅では、次の電車まで 70 分以上、待つ羽目になった。通勤時間を逃したら地方の普通電車なんてそんなもんだ。

しかし浜坂駅前には足湯があった。真冬で冷たい小雨も降っていた。天国か、ここは。
JR浜坂駅前足湯

足湯が引けるなら、駅前に温泉施設がありゃいいのに。70 分じゃ行って戻ってこれないから浜坂温泉郷をあきらめたけど、駅前に入浴施設があって、500 円くらいなら、入るよ、私だって。

まあ、いろいろ、そういうわけにもいかんのでしょうな。そんな、お湯だけ浴びて帰られちゃ困る、泊まって、美味い物を食って、オミヤゲ買って、そこまでしないなら、そんな客にふるまうお湯はねえ!みたいな(大偏見)。

かにソムリエのまち浜坂。誰も言ってないことを言えば、言ったもん勝ちのブルーオーシャンだ。
かにソムリエのまち浜坂

足湯で気分が良くなったので、とち餅なぞ購入。実は、栃なるものを食べたことはない。
とち餅

とりたてて美味しいものではないと聞いてはいた。これはあれな。結局、でんぷん粉。 わたしの舌では、それがカタクリか、葛か、ワラビか、馬鈴薯でんぷんか、さつまいもでんぷんか、コーンスターチか、トチの実か、ちがいはわからないのだった。

ただ、トチの実は渋味を抜いて粉にするのに非常に手間がかかるらしく、 (かけた手間のわりには)美味しいものじゃない、と言いたくなるのはわかる。

そうしてる間に晴れてきた。足湯で温まり、とち餅を食べて、気分は上々。
JR浜坂駅前

浜坂駅給水塔。塔は良い。問答無用で良い。
JR浜坂駅 給水塔

コンクリに変わってしまった、余部鉄橋。
余部橋

やはり、残念鉄橋を渡っている……という感じは否めない。今の余部鉄橋が駄作だというわけじゃなくて、単に私が古いものの方が好きで新しいものに魅力を感じないというだけのことであるが。

強風による事故があったことだし、仕方ないとは思うんですけどね。 でもやっぱり、
「古い鉄橋が残ってる!素晴らしい!」
と言われることに対する、地元のイライラもあったんじゃないかと思うんですよ。 うちは、そんな田舎じゃねえぞ、と。上の方でも書いたけど。

福知山駅。
福知山駅

福知山城は駅から近いし、まだ行ってない城なのだけど、今回はパス。最初の予定では午前中に篠山城を見て、午後に大和郡山城を見るスケジュールだったらしいが、篠山城すらやばくなっていた。

急げ急げ。
山陰本線

結局、夕方になり篠山城のすべては回れなかったけど、かわりに最高の夕焼けが見られた。

   >絶景の夕日!丹波国 篠山城 | 桝席ブログ
   http://www.masuseki.com/wp/?p=8668

日没後、奈良駅に到着。こちらも寺社建築風であるが、出雲市駅のように木材にこだわったりはしなかったようだ。
奈良駅

現・奈良駅。なんだこれ。
奈良駅

こういうアホっぽい建築は嫌いじゃない。嫌いじゃないけど、先代が素晴らしいと、それってどうよ?と思わないでもない。

その先代を初めて見た 2005 年、ばっちり工事中だった。

こういう星のもとに生まれてるんだ、俺は……と悲しんだものだ。そうか、新駅舎への建て替え工事だったのか。

ところで、工事のときは残す感じで進められていたけど、見当たらない。ええー!と絶望したけど、消灯してたのと虹色の新駅舎に目を奪われたで私の目に入らなかっただけで、ちゃんと残されていた。

この日もネカフェ泊。実に4泊中、3泊がネカフェ泊だった。ネカフェ難民も同然だ。

5日目 2017.01.03

観光案内所(たぶん)に生まれ変わった、旧駅舎。
旧奈良駅 駅舎

現役駅舎じゃないのは残念だけど、旧余部鉄橋に比べたら主要な部分は残っててよっぽどマシ。
旧奈良駅 駅舎

新駅舎がひどいわけじゃない。旧駅舎が素晴らしすぎるだけだ。
旧奈良駅 駅舎

新駅舎がひどいわけじゃないが、旧奈良駅駅舎を現役から退かせる判断をした人々へは強く抗議する。

元の駅舎を活かし、復元し、成功した東京駅リニューアルがひとつの転機になって、お手本とされてほしいと切に願う。

上の世代の生み出したものを我々の世代が大事にしなかったら、我々の世代の生み出したものも、次の世代にゴミのように扱われるだろう。それは悲しいことだ。

スクラップ&ビルドから生まれるものがあるのを否定はしない。しかしながら、 アンドゥが効かないなら、スクラップは慎重に行わねばならない。当たり前のことだ。

いちおう、撮る。
せんとくん

18 きっぷ5日目であり、この日のうちに東京に戻らねばずいぶん悲惨なことになるので、大和郡山城はあきらめた。

20年ぶり以上の関西本線。本線というわりに、狭いところを一所懸命走る、ゆかいな路線だ。

木津川で見えたロボロボしい岩。
木津川のロボロボしい岩

本来の予定表では伊賀上野城を見るつもりだったようだ。膳所城→篠山城→伊賀上野城と、藤堂高虎の城つながりだったわけだ。 しかし、松江城を見て、そうだ堀尾忠晴が間違って天守を壊した(と思っていたが、実際には言い伝えであって、証拠はなかった)伊勢亀山城を見ることに予定を変えていた。

いちおう、伊賀上野城は見たことあるしな。20 年以上も昔、自分が歴史マンガを描くなど夢にも思ってなかった頃に、だが。

伊勢亀山城では良い写真は撮れなかったけど、興味深い城だった。

   >堅城から呑気な城へクラスチェンジ 伊勢亀山城 | 桝席ブログ
   http://www.masuseki.com/wp/?p=8675

青木門跡より 50m ほど駅寄りにある駐車場からの亀山市。駐車場なので空が広く、青木門跡から見るよりより景色が良い。
亀山市

電車待ちが 50 分くらいあったので、近くを散策。

廃アパート。この時間になってやっと青空とは。くやしい。
廃アパート 亀山市

宗英寺のイチョウなるものを見ようとして、まちがって本久寺という寺に着いてしまった。
本久寺 亀山市

ここに、英一蝶がデザインして亀山藩主に献じた半鐘が下賜されているそうだ。その半鐘そのものは見られなかったけど、 英一蝶ゆかりの寺ということでセーフ。私ァ、生きざまが好きなのだ。英一蝶の。(作品が好きかどうかというと、パッと思い浮かぶ作品が出てこない程度に「知らない」)

名古屋へ着いたら、あとは東海道線で帰るだけ。夕日に照る雲谷町の立岩もいいねえ。ブレてなきゃもっといいけど、夕方の光量+揺れる電車の中からの写真だから、しゃーない。
雲谷町の立岩

帰宅。ママチャリで東京から霞ヶ浦まで行ってみた での反省を活かし、出発前に買って冷蔵庫に入れといたビールを喉ン奥に注ぐ。んめえ。
帰宅ビール

いろいろあって、いろいろのいろいろな部分は、これを書いてる今も解決せず心の重荷になっているけれども、それはそれとして、旅には行くし、私はそれを楽しむのだ。

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桝田道也(画像)

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